2007-07-17

この頃のわたし


元サッカー日本代表監督岡田武史さんのお話を聞く機会に恵まれた。テーマはチームの作り方の極意。

まずは、目標設定。これは監督の目標、与えられた目標という意識から、これは自分の目標だ、というようになればマネジメントはいらない、という。目標設定の重要性だけでもたっぷり語るべき内容があるとのことだったが、この日の話は、目標設定ではなく、いかに新しいチームを軌道に乗せるかだった。

新しいチームをスタートさせる時には、2つのことをするそうだ。1つは、フィロソフィーづくり、2つはベースづくりという。

横浜マリノスの監督をまかされたときの話。チームとして、変えるべきはこれという4つの項目と1つのキーワードをまず明確化し、1年、2年かけて徹底的に選手に刷り込んだそうだ。

①Enjoy
②Thinking by yourself
③Concentration
④Aggressive play

Keyword:Communication

話は1時間に及んだが、豊富な実体験にもとづく話に吸い込まれて、時間が経つのを忘れた。一つずつの項目には、もっともと思わせられる背景がある。

Enjoy:コンサドレー札幌の監督に就任したときのこと。理想のサッカーとはこういうもの、という理想を1年間選手に語り続けた。サイドチェンジ、縦に攻める、ターン....しかし、J2のコンサドーレ選手はサイドチェンジしてもパスコースがぶれて一定しない、ターンしても球を完全にコントロールできない、結果としてゴールを奪えないで敗退が続いた。それでも、理想のサッカーを語り続ける監督。ある時、ふと思う。理想通りのサッカーができなかった選手はどんなにか辛かっただろうと。理想のサッカーとは、選手がピッチの上で目を輝かせてプレーするサッカーではないかと、はじめて気がつく。

Thinking by yourself:コーチや監督は、人を育てるのが商売と思っている人がいる。とんでもない。人を育てるなんておこがましい。人は自分で変わらなければならないと心から思わなければ、決して変われない。気づく、気づかせることがコーチ、監督の仕事。スランプの選手は必死の眼差しで監督を見る。しかし、コーチ・監督が助けたい一心で救いの手を差し伸べても、スランプの選手はまた必ずスランプの泥沼に落ちていく。10人中10人を助けようとしても必ずまたスランプに落ちる。しかし、そういう選手を冷たいようだがほおっておくと、半分ぐらいの選手は必死でもがいてなんとか助かりたいと淵まで這い上がってくる。そこをタイミングよく手を差し伸べると、半分の選手は立ち直れる。10人に手を差し伸べて全部泥沼に落とすか、冷たくして半数の這い上がってきた選手を助けるか、監督としてやるべきことは明白だ。

Concentration:今やるべきことを精一杯やること。怪我で試合に出られない選手。ライバル選手はピッチで大活躍している。自分のポジションが奪われる。焦る気持ちはわかる。監督、自分はどうしたらいいのでしょうかと、よく問われる。答えは、今怪我している自分にできることは何か。怪我を1日も早く直すこと。ライバルのことは、怪我が治ってから考えればよい。サッカー選手にできることは3つ。コンディションづくり、質の高い練習、そして試合でベストを尽くすこと。コンセントレーションとは、今やるべきことに集中すること。今られることを徹底してやること。

Aggressive play:勝つことにこだわること。負けてロッカールームに帰ってきて笑っているやつがいる。こういうチームは絶対に勝ち続けることはない。試合に負けてもよい。勝つことにこだわるチームは、勝っても負けても何かが残る。これが次につながる。勝つためにベストをつくすことにこだわることが大切。

Communication:30人もいるチーム。男同士、中には気に入らないやつが必ずいる。しかし、あいつは気に入らないが、あいつにパスを出すと必ず決める、というようにお互いを認め合うことがコミュニケーション。朝の挨拶は、自分はコミュニケーションする準備ができているという合図。これができないようでは、互いに認め合う関係は決して築けない。

フィロソフィーづくりの次は、ベースづくり。ベースづくりは、2つである。
①Professionalism
②Team morale

Professionalism:高卒のJリーガーが人の数倍の金を得ている理由は、超回復。タフなトレーニングをやると決まって100メートルを何秒で走るかといった運動能力は落ちる。その後、疲労回復したとき、もとの運動能力を上回る能力を付けることを超回復という。トレーニング、回復、トレーニング、回復を繰り返して、運動能力を次第に高めていくことがProfessionalism。しかし、トレーニングの後、六本木に行って酒を飲み、きれいな人と遊びほうけていると、能力回復はできないまま、つぎのトレーニングで能力が下降してしまうことになる。プロは金をもらっている分だけ、トレーニングで落ちた能力を元以上のレベルに回復する義務がある。このことを徹底する。日本代表チームのとき、夜遊びはするな、酒は飲むなとは決して言わなかった。求めたのは、Professionalism。だれも酒を飲む選手はいなかった。いくらルールを厳しくしても、コーチ、監督が見ていないとルールが守られないようでは、勝てるチームにはなれない。

Team morale:4隅にコーンを立て、コーンの外を回ってランニングを行うというと、有名選手は必ずコーンの内側をまわって楽をしようとする。コーンの外を回って走る選手はかえってばかにされる。このとき、選手全員がコーチがいった通り自然にコーンの外側をきちっと走るようになること、これをTeam moraleという。途中でトレーニングに参加した選手が、コーンの内側を走ったらみんなが注意するようになること。こうしてはじめて勝つチームのベースづくりができ、質の高い練習が始められる。


1時間を越える熱い語り口に感動した。プロとして勝つために今できることを精一杯することの重要性。勿論結果として勝つにこしたことはないが、たとえ負けても精一杯やべきことをやることで、学ぶことがある。結果ばかり恐れて、今やるべきことをやらずに負けてしまうというどん底を見た人でないと語れない、迫力ある話を伺うことができた。

サッカー選手は、無意識のうちに体が動くように訓練する必要がある。勝ちたい、勝たねばならぬという勝つことにこだわり過ぎると、脳の意識が勝って、動きが遅れる。プレーが守りに入る。かえって失敗を恐れて、ミスを重ねることになる。

サッカーでは、あるとろで吹っ切れて、自分はやるだけはやった、勝っても負けても仕方がない。今はべストをつくすだけと、目の前の一つのプレーに集中できた選手が成功する。こういう力強いメッセージに感動しました。

ここに書き残せなかったいろいろなエピソード、その一つひとつが岡田元監督の財産なのだと、しみじみと思わされました。監督として毎年新しいリーグの始めの時が怖い。選手にまた昨年と同じことを言っていると思われないか。少しでも昨年と違う自分を見出すために、毎年リーグが始まる前にイタリアの街トリノを訪れるという。ユベントスというイタリア最強チームの本拠地で、散歩したり監督と会話したり、サッカーのことだけをただただ考える旅にでるのだという。こうして悩んだり、迷ったり、思い切ったりする岡田元監督の素顔に接して、フランスワールドカップでの日本代表チームの苦しみ、優勝請負人、コンサドーレ札幌監督として乗り込んだ初年度5位の屈辱。横浜マリノスでのリーグ優勝などなど、修羅場をくぐり抜けた人のしなやかさがさわやかだった。

チームづくりのために心理学や脳の研究もしている。脳の話では、今わたしが注目している茂木健一郎と対談したり、経営の神様といわれる稲盛さんの話がでてきたり。岡田さんはフル回転しつつ、サッカーを突き詰めているひとだと感じました。本当によい1日となりました。

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