2007-08-28

もう一度行ってみたい場所:Arlington Center







米国で最初に住んだ場所が、ケンブリッジのアーリントンセンター。街の中心に、消防署と小さな商店が並ぶ。Spy Pondという静かな湖に面したアパートに1年間住んだ。

8月20日に初めてMITに行き、Campus Housingという大学内で学生に住居を斡旋するオフィスを訪問したが、時すでに遅し。学内の家族寮はいっぱい。後は、無料電話が使えるから、自分で街の不動産屋に電話して、家を探せと突き放された。これが米国到着2日目。連れ合いと顔を見合わせたが、やるっきゃない。

つたない英語で、不動産屋さんと会話するが、米国で家探しなどしたことがなく、単語がわからない。どんな家を探しているかと聞かれても、思いつくのは、庭掃除が大変だから大きな庭はいらない、冬の雪かきが大変でない駐車場がある、薄暗くない....といったネガティブなものばかり。

不動産屋さんもあきれて、兎に角一緒に物件をみましょうということになった。レンタカーしたばかり、2日目、道もわからず、当時はカーナビもない。汗だらだらでやっと不動産屋にたどり着く。あとは車に乗せてもらい何軒か物件を見たあげくに、たどり着いた要件は、セキュリティがしっかりしていて、屋内駐車場がある、1LDKぐらいの広さのアパート。

この要件にピッタリだったのがアーリントンセンター、Spy Pond沿いのアパートだった。アパートが見つかっても、次は家具を調達しないと、家具がみつかるとカーテンをどうしよう、バスルーム用品はどこで調達するか、キッチンの道具、掃除用具、電話はどうやって加入するのか......まったくゼロから新婚生活をはじめるようなわけで、これを1週間後に授業がはじまるまでに片付けるのは至難の業。

勿論、前年から留学している先輩たちのアドバイスがなければ、とても生活のセットアップはできなかった。そして、運よくボストンに会社のオフィスもあり、会社の先輩にも一方ならずお世話になった。

連れ合いと二人、何でも力を合わせてあたってくだけろで、とにかくやるしかない、というその後の二人の生き方を決めるような大変な経験をすることができた。大変な経験といえば、住んでしばらくして、カレーを作ろうと豚バラ肉をフライパンで焼いていて煙探知機が働いてしまい、センターにある消防署から消防車が出動。たくましい消防士が土足で部屋に進入。アパート住人は全員室外退去という事態を引き起こしたことが懐かしい。消防士しわく、"Good smell!"

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