2026-05-21

ボストンうた紀行 ケンブリッジ

ボストンダウンタウンのチャールズリバー対岸がケンブリッジだった。

川を渡れば、これから一年半学ぶことになるマサチューセッツ工科大学がある。マサチューセッツアベニューを北へ進めばハーバード大学、さらに先には滞在しているレキシントンがある。だが、ボストンへ来たばかりの私たちには、そんな地理もまだ頭に入っていなかった。

まず向かったのはMITの機械工学科教務室だった。バスを乗り継ぎ、地図を広げ、人に道を聞きながら巨大なキャンパスを歩き回る。建物番号の意味も分からない。ようやく教務室へたどり着いたときには、半日が過ぎていた。

入学手続きを終えると、次は家探しだった。

大学にはハウジングオフィスがあり、学生向けアパートや寮の情報が地域別のキングファイルに整理されていた。しかし、それはすべて紙だった。気に入った物件を探し、自分で大家に電話し、自分で交渉する。地理も英語も不慣れな私たちには、とても無理に思えた。

広さはスクエアフィート、部屋数はベッドルーム数、家賃はドル表示。言葉だけでなく、生活の尺度そのものが違っていたのである。

そこで、不動産屋を紹介してもらうことにした。これが大正解だった。

そこから、不動産屋の車で物件を見て回る「ボストンツアー」が始まった。広い庭付き住宅へ案内されても、私たちには大きすぎた。芝生の手入れだけで大変そうだった。掃除も追いつきそうにない。困っていることを必死に説明すると、不動産屋もようやく納得した顔になった。

そして連れて行ってくれたのが、アーリントンセンター近くの室内車庫付きワンベッドルームのアパートだった。

庭はないが、横浜の公団住宅ほどの広さがあり、私たちには十分だった。喜んで感謝を伝えると、不動産屋は少し呆れたような顔をしながらも、無事契約まで進めてくれた。大家も親切な人で、安心してモーテルまで送り届けてもらった。

その後も、家具探し、車探し、大学のオープンキャンパスと慌ただしい日々が続き、気がつけば八月は終わっていた。







チャールズの川を渡ればMIT異国の学びの門ひらかれぬ

マスアベ北へ伸びゆく道の果てハーバード越えてレキシントンへ

建物の番号ばかりのキャンパスに教務室まで半日歩めり

機械科の扉たたけば異国語の波に押されて汗のみ滲む

ハウジングオフィスの棚に並びたるキングファイルの厚みに驚く

紙だけの住宅情報繰りつつ電話番号を見ても途方に

スクエアフィートと言はれ頷けど広さの感覚まだ身につかず

芝生広き家を見上げて黙り込む刈るだけで日の暮れさうにして

庭はなくワンベッドルームなれどなお横浜ほどの広さありたり

大家さん穏やかに笑み鍵渡す異国にひとつ灯ともるごと

知らぬ国知らぬ暮らしの始まりにチャールズ川の風のみ確か


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