2026-05-13

NHK 俳句に学ぶ

きょうは、NHK ONEからNHK俳句を覗いてみて学んだこと。

今週の選者、星野高士さんは高浜虚子のお孫さんとのことで、毎回高浜虚子の話がとても興味深い。今回は、虚子が当時俳句といえば男子の文芸だった世界に女子をどうやって招き入れるか、台所俳句というセクションを「ホトトギス」に設けて、女性の俳句人口を増やした話でした。

なるほど、こうして台所をテーマにすればわたしでもと思った女性がたくさんでてきたことは想像に難くない。

これを観て、わたしは短歌でも台所短歌なるものがあってもよいのではと考えた。台所に立つ男子を思い描いて詠った歌集を作成しました。第三十六歌集「食卓ひらく」をお届けします。













舟盛りを
取り分けてゐる
箸の先
つまほぐれゆく
春の海見ゆ

serving sashimi
with the tips of chopsticks—
slowly loosening apart
the spring sea
appears between us

餅粉入りの
餃子を囲む
箸すすみ
焼けるそばから
皿は空なり

around the table
rice-flour dumplings disappear
as soon as they are cooked—
plate after plate
left empty

皿に残る
焼き鳥ふた串
翌日は
親子の
好物丼となりぬ

two skewers
of leftover yakitori—
by the next day
transformed into
a favorite rice bowl

フォーの味
まだ遠くあり
ソーメンの
湯気に貝柱
かすかに香る

pho still feels
slightly out of reach—
from the steaming somen
a faint scent
of scallops rises

鶏もも肉
どんと叩いて
米の上
炊飯器より
異国の香立つ

pounding chicken thighs
onto the rice—
from the rice cooker
the fragrance
of another country rises

クーとパ
二つの音を
思ひ出す
韓国の友と
食みしスープ飯

“guk” and “bap” —
two remembered sounds
returning softly
with a Korean friend
sharing soup and rice

牛ヒレを
ミディアムレアに
焼くつもり
裏返す間に
もうウェルダン

intending
medium rare—
by the time I turn it over
the beef fillet
is already well done

家族囲む
食後の汁粉
湯気淡し
空きし茶碗の
残り香を嗅ぐ

after dessert
with the family gathered—
the sweet soup’s steam fades
from an empty bowl
I breathe in the lingering scent


2026-05-12

NHK 病院ラジオ

 昨日、NHK ONEのサービスを毎朝観ていることを書きましたが、先日の「病院ラジオ」:千葉県にある救急救命センターの番組は、身につまされる内容でした。

年間1万件以上の受け入れというから、毎日30台以上の急患がお世話になっている勘定。

治療のおかげで命を長らえることができた患者さんだけでなく、救えなかった命も多いのでしょう。番組に登場する方は、運よく命を長らえた人だからこそ、ことばに力がある。

TVの中で、ローカルラジオ番組を聴く入院中の患者さんや、医療従事者の方々の姿も画面に映し出される。不思議とラジオに聴き入っている、映像付きのラジオ番組という新しいメディアのように感じる。

きっと話手とインタビューする司会者の距離が近くて、決まったセリフを追う会話ではなくて、自然なおしゃべり、声のトーンがラジオに近いからか。会話している人だけでなく、その会話をラジオを通して聴きいっている人の映像やちょっとした声が、いい。

この番組を観てつくった歌集が、第三十五歌集 耳をすませば。

海外からこのブログをご覧いただいている方もいらっしゃるようなので、今回は英語短歌も添えてお届けします。









第三十五歌集 耳をすませば(Listening Closely)

In hospital rooms at night,

people sometimes discover

they are not alone.


These tanka are about listening—

to voices, silence, music,

and the small lights returning to human eyes.


生きのびて

語る言葉に

耳澄ませ

われだけでない

夜がそこにある


surviving—

I listen closely

to spoken words

realizing

the night is shared


「自分だけ」

ではなかったと

ラジオ聴く

その沈黙に

灯ともりゆく


“only me,”

I once believed—

listening to the radio

even the silence

slowly fills with light


ラジオ聴き

「ああ同じ」と

洩らしつつ

手を開閉す

目に力あり


listening to the radio

“ah, the same…”

he whispers

opening and closing his hands

strength returning to his eyes


クイーンを

リクエストする

まなざしに

声なき喉の

光宿れり


requesting Queen

his eyes brighten—

in the voiceless throat

a small light

begins to live


「笑ひ声

好きな人です」

そのときに

ふいに誰かが

目を伏せてゐる


“I love

people who laugh,”

someone says—

and suddenly

another lowers their eyes


収録を

終へた司会者

小さく言ふ

「家族に会ひたい」

夜の帰り道


after recording

the host quietly says,

“I want to see my family”

on the long road home

through the night


2026-05-11

第七歌集 画面の向こう

3月のWBC準決勝はマイアミでしたが、その頃東京の花はまだ開くかどうか毎日ニュースになっていました。

治療中のわたしは、NHK ONEのサービスにはまっていて、朝4時に起きると海外のいったことのない街を走る車路面電車の車窓からの景色や、クラシックTVや、72時間のドキュメントなど、片っ端から見続けています。

わたしにとってTV画面は、壁にあいた窓のようで、新しい人との出会いや、情報はその窓から差し込む光のようなもの。

家に居ながらにして、マイアミのWBCの試合を熱く応援しました。マイアミの球場には行ったことがありませんが、ホットドッグやポップコーンの香りがするようで、マイアミでその昔食べたシーフードやワインの香りを思い出しました。

マイアミは青空で、春のさなかでしたが、東京は冷たい雨が花の蕾を固くして、春が少し遠のいた感がありました。花寒が過ぎて、花開いたときのうれしさなど詠ったものが第七歌集となります。
















河の流れを辿る船旅映像に病床離れてわれも旅する

一日中テレビしか見ぬわれなれどこんな人もと世の色豊か

画面映るボールパークの興奮にポップコーンの香りよみがえる

フロリダのザリガニ料理思い出すガーリックバタージャパン勝負飯

風ぬるむ薄紅の雲切れ間より幼子こぐを見守る老婆

花の雨ふくらむ蕾とぢながら春を待つなりわれも待つなり

蕾ふくらむ音風に乗り枝越えて向こうの気配花ひらき来る

花かすみ進む春見えひとときに心はずみて足も軽しも

十三打数無安打胸にひめながら打席に立てば首位打者忘る

打ち損じバットの軌跡思い巡るいまは白球止まって見ゆる

白球見送るミットの音して最後の打者ボールパークに沈黙おりる

テレビより出会う人あり調べれば遠き人生わが道に触る

いちごパック買う人ありて手に取りて下よりのぞく傷みあるかと

この道はひとすじに登る道といふ校歌いま聞けばわが身に沁みる

ゆるゆると歩むわが日を春とせり桜の蕾もゆるゆるほどく

灯が次々消えてわれもテレビ消すさきほどまでの世界遠のく



2026-05-09

第六歌集 香港 飲茶と屋台

3月から身の回りの小さなしあわせ探しをはじめたが、依然食べることは元通りとはいかず、何を食べても味が変で食が進まない。

そんなときでも、昔食べたものの味は記憶にあって、しきりと思い出す。

第六歌集 香港 飲茶と屋台は、その昔香港に何回か出張したときの昼餉の記憶。

テーブルを回るワゴンにのった一皿は、どれも食欲をそそる香りを漂わせ、ついついどのワゴンも目で追ってしまう。

一皿取るごとにカードに赤のスタンプが増えていく。大根餅などはスタンプ一つ、手の込んだ料理皿はスタンプが三つ。スタンプの数で会計するしくみ。当時は実にアナログだったが、シンプルでわかりやすかった。
















香港の昼の路地立てばそのとたん湯気と香りの食の街かな

体育館と思う広さの屋根の下ワゴン巡りて飲茶の香立つ

ワゴン前「あれ何だっけ」と指さして昔の味の小籠包かな

次々と皿平らげてふと見れば会計カードに赤き印の列

腹くちく揚げまんじゅうがもたれつつあれも食べたし悔いの残れり

切り叩き炒める煮るの音つづき屋台の前に人の群れなす

切り取られ白きかたまり鍋に飛び茹であがりゆく麺の椀かな

香り音色かたち見て一皿を目でかぎ味わい汁も残さず

見慣れぬ柄長きスプーンあやつりて隣の夫婦飯汁すすむ

人だかる屋台の椀を吾も取り「うん、うん」と言えば幾重の旨み

椀おきて屋台を去れば昼路地に吾の待ちたる列なお続く

第五歌集 道ゆけば

3月からはじめた作歌ですが、この頃どうも目にした情景をそのまま説明しているだけではないか、と疑問に思えてきた。

近現代の秀歌といわれる歌とどこが違うのか?

そうだ、これは近現代の秀歌を解説した本で勉強しようと思い立ち、永田和弘「近代秀歌」を読み始めたのは、第五歌集 道ゆけばを作った頃でした。

ただ読んでいたのでは、すうっと通り過ぎてしまうので、まずは100首の歌をノートに書き写しはじめてわかったことは、どの歌も57577のリズムがあって、記憶に残ること。

ノートに書くにあたって短期記憶が衰えている今の自分でも、どの歌もすらすら書き写せるなあと感じました。

東海の小島の磯の白砂にわれ泣きぬれて蟹とたはむる 

                    石川啄木「一握の砂」

この歌は、東海→小島→磯→白砂というように、カメラがズームインするように流れていく感じ。一首ごとの工夫、凄さをわかりやすく解説してもらって、なるほど、道遠しとあらためて思い知ったことでした。

















朝十時買い物に出て今日もまた一日の出会い願いつつ行く

空ひらけ見ゆる小径に花見せし古木の切株木肌まだ白し

空に突き刺すまっすぐ並びし銀杏の列足とめ仰げば三角錐つづく

木の実踏む歩みの先に野鳩いて夢中についばみ飛び立たぬまま

すずかけの並木の道をゆく幼児指さして呼ぶ鴨のつがいを

子犬ただ無邪気に寄りゆくシェパードへ黒ぐろ光る毛並みも恐れず

ジャージ着て背負うリュックのふくらみに本か楽器か想いめぐらす

乳母車押しつつ手を引き歩む親子買ひ物袋今日は小さし

杖つきて背にリュック負ふ人の背が一歩一歩に丸くなりゆく

日だまりを求めて家並み出て歩く手袋外してポケットに入る

2026-05-08

第四歌集 白線の向こう

三月場所は、毎日の楽しみでした。

小兵力士が大きな体のお相撲に挑む取り口に、拍手したり、くやしがったり。玉鷲の体力気力にも感動しました。

そんな中、何十年も前に家族で旧国技館で相撲観戦したことを思い出しました。地下鉄の駅をでると、もう焼き鳥の香りが漂ってきて、わくわくしたこと、大声でご贔屓力士を家族と声援しました。

毎場所のテレビ放送をそれぞれの家庭で見ては、取組後に電話で長々とご贔屓の相撲をあれこれ語り合う家族の姿も思い出しました。自分たちもそうした相撲観戦が楽しみな年になったね、と妻と語り合いました。














花道を口引き締めて立合いへ帰る花道の肩の悔しさ

懸賞旗二重三重に回りゆき仕切る力士の見えぬもどかし

天井へ届くまき塩ひとりありぽしょりとつまむ勝負いかに

白線の前にそびえる横綱へ挑む小兵目に恐れなし

仕切り重ね増す不安を振り払ひどんと立てどもばたり手をつく

軍配を返して響く「ハッケヨイ」白足袋すり足力士追ひゆく

つっぱりていなし肩透かし攻防に観客席のどよめき高し

負けは負け電車道にて俵際勢いあまり勇み足つく

白線の隔てる距離を横綱と平幕の身が金星越ゆる

無表情のインタビューでも初金星よろこび滲む声裏返りて

初金星懸賞あつしその束を親方に渡し笑顔で報ず

大関は勝ちても負けても口結び親方となれば解説深し

幕内の鉄人思ふ今日の一番振り返るのは引退のとき

「富士桜」声からす父懐かしき国技館には焼き鳥の香

ひいき筋の勝ち負け語る電話越し母と叔母との声華やげり

第三歌集 何でも食べられる日

3月になって、まずは番茶を飲むことが朝のルーティン。その日の体調も大体わかります。

散歩に出ると、あちこちに花も咲きだし、春が近いことを肌で感じられます。そんな中で、大相撲三月場所が始まったのが楽しみでした。一日一番にかけるお相撲の一挙手一投足に注目。不安や緊張、勝ち負けを繰り返しつつ毎日を過ごしていく姿に、感情移入する日々でした。

3月のWBCの一戦一戦、各国代表選手の姿にも感動しました。ABSとかルールも毎年少しずつ見直され、データ野球を画面を通しても体感できることに驚きました。














まず番茶めざめて飲めば今日という日のよしあしのバロメータかな

千の湯のつぶつき刺さり肩を打つ熱きシャワーに病よほどけよ

朝餉の卓あれこれ浮かぶ夕餉のこと何を食べてもいい日今日もしあわせ

朝餉終え「あっ薬」とどきんとしああそうだった休薬期間

もしかしていや己れ信じ立合いの一瞬の迷いわれと重なる

花道の奥に見えくる初日の不安われも見つめて拳を握る

横綱を倒して光る金星も金メダルにも裏のドラマあり

糸引く白球ぐんと伸びゆきバチっとミットへ収まり「よおっしゃ」と声

白球がスタンドへ飛ぶその刹那打球初速と飛距離まで出るとは

勝ち負けで命取られぬ勝負でもあの一球を三十年語る