結婚を控え、東京の親元を離れて白楽に小さなアパートを借りたのは、もう五十年も前のことである。
白楽は坂の町だった。崖の上まで家々が肩を寄せ合うように建ち、夕方になると、それぞれの窓に明かりがともった。仕事を終えて東横線で白楽駅に降り立つと、六角橋商店街を抜け、坂道を二十分ほど歩いて帰った。
商店街には、乾物屋、煎餅屋、和菓子屋、蕎麦屋、豆腐屋――昔ながらの小さな店が並んでいた。店先には季節ごとの匂いが漂っていた。昆布や鰹節の乾いた香り、醤油煎餅の焼ける匂い、蕎麦つゆの湯気。夕方になると買い物籠を提げた人々が行き交い、狭い道には子どもたちの声が響いていた。
コロッケを買う日もあれば、白菜を抱えて坂を上る日もあった。紙袋の豆腐を崩さぬよう気をつけながら歩いた夕暮れも思い出す。若かった私たちは、まだ「暮らし」というものの形を知らず、湯気の立つ味噌汁や小さな鍋を囲みながら、明日のことを話していた。
いま振り返れば、あの頃の白楽には、まだ戦後の町、昭和の匂いが残っていたように思う。店々は小さく、人と人との距離も近かった。商店街を歩けば誰かの声が聞こえ、夕方にはどこかの家の夕餉の匂いが流れてきた。
五十年が過ぎた今も、白楽の坂道は脚の記憶に残っている。買い物袋の重さも、夏のプールの歓声も、六角橋商店街の灯りも、教会の十字架も、歳月の奥で静かに暮れ残っているのである。
白楽の坂の八百屋に灯のともり大根の葉に雨まだ匂ふ
夕焼けの六角橋まで歩きつつふたりの暮らしをまだ名づけ得ず
閉店のシャッター降りる音のあと白楽駅へ夜風流るる
六角橋子らの声より夕立来るプールの水面に風先に立つ
蕎麦屋より出前の岡持揺れてゆき子ら鬼ごっこの輪をすり抜ける
商店街抜けて坂ゆく夕暮れに屋根の十字架先に見え来る
五十年過ぎても先に浮かぶもの白楽の坂と教会の屋根
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